
この地図の左隅にあるのが飛龍山(2077m)。
こんな恐ろしい山に登る日が来るなんて、
青梅線の河辺に越して来た2010年には想像すら出来なかった。
あれから3年、
すっかり青梅・奥多摩に馴染んでいる。
下北沢に20年住んで、
毎晩飲んだくれていた自分が今では信じられない。
4年前にタバコもやめて、
酒もさほど強く飲みたいと思わなくなった。
ここから立川あたりへ繰り出すくらいなら、
逆に奥多摩方面へ向かって山に登った方が健全だろう。
そうだそうしよう、
山へ行こうと。
山と高原地図23を頼りに、
最初に登ろうと試みたのが。
鳩の巣駅から大楢峠を抜けて、
御岳山へ向かう初級コース。
山登りは10年振りだけど、
このくらいなら平気だろうとひとりで登り始めてみたが。
あろうことか、
鳩の巣駅から大楢峠までの急な登りに鈍った身体が対応出来ず。
ギブアップして、
大楢峠から鳩の巣駅へ引き返すという大しくじり。
あの屈辱から3年、
体重も高校時代のベストウエイトに限りなく近づき。
10時間歩いても、
平気な身体に仕上がった。
さあ機は熟した、
山と高原地図23の最高峰・飛龍山へ行くぞ。
5月14日火曜日、
快晴。
10数人の登山客を乗せた午前7時の奥多摩発丹波行きバスは、
雲取山登山口である鴨沢BSで大半の客を降ろす。
バスに残ったのは、
大きな荷物を抱えた2人の青年と私のみだ。
そして我々は7時55分、
終点の丹波BSで降りた。

山梨県なのに山梨方面への交通手段はなく。
唯一あるのが、
奥多摩駅とを結ぶこの路線バスだけだそうだ。
バス停の前を中学生たちが通過して行くのを見て、
私は思わず笑ってしまった。
男子も女子も超ダサく、
その純粋培養さ加減は半端ない。
ほとんど東京圏であろうこの村の中学生たち、
行こうと思えば渋谷にだって原宿にだって遊びに行けるだろうに。
情報が氾濫するこの現代社会において、
このダサさは奇跡としか言い様がない。
この村の中学生たち、
高校進学時には街に出て一人暮らしをするのだろうか。
高校へ行くのも一苦労、
いろいろ大変そうだなと。
中学生たちの心配をしながら舗装された道をしばらく歩くと、
「サヲウラ峠こちら」の道標が現れた。

こいつを開けて登山道に入る。
電気柵が延々と設置されている、
この辺りには確実に熊がいるということなのか。
自分で付けた熊よけの鈴の音にイラつきながら、
ゆっくりゆっくり高度を上げてゆく。
丹波BSの標高が630mだから、
2077mの飛龍山まで1447m登る計算だ。
「先はとてつもなく長いぞ、
スローリースローリー落ち着いて」と。
あえてスローなペースで登りながら振り返って下界を見たが、
あの青年たちの姿はない。
彼等は山登りではなく、
丹波川のキャンプ場へ行ったのだろう。
ゆっくりゆっくり登ったつもりだったが、
山と高原地図の表記時間より40分程早くサヲウラ峠に到着した。

「サヲウラ峠」が正しいようだ。
天気予報によると、
今日は最高気温が30℃近くまで上昇するらしい。
さすがに山は、
30℃ということはないだろうが。
この暑さで孵化したコバエがまとわりついて、
超うざいから先へ進む。
サヲウラ峠から40分程で、
熊倉山(1624m)に到着。
とはいうものの、
三角点と木にぶら下げられた手作りプレートがあるだけの。
なんの変哲もない山なので、

熊倉山からミカサ尾根をしばらく進むと、
緩やかな尾根道が急登に変わる。
岩と木の根が入り組んだ足場の悪い道を、
休み休み登り切ると。
今度は前飛龍(1954m)へと続く、
露岩の急登だ。
両手を使って、
慎重によじ登る。
左手に薄っすら富士山が見えるが、
ホントに薄っすらで見応えなし。
冬のくっきり富士山を見てしまうと、
春と夏は登るのをやめようかと真剣に思う。
もちろん日が長くて、
長時間歩くのには最適なんだけど。
澄み渡るあの絶景じゃないと、
幸福な気分に浸れない。
前飛龍の岩のてっぺんにのっかって写真を撮っていたら、
本日初の登山者と遭遇。
前飛龍のてっぺんから挨拶したが、
なぜか無視された。

男性は時々無視をする人がいる。
別に返事を期待して挨拶しているワケではないが、
返事がないのはやっぱりちと寂しい。
さあ飛龍山は目と鼻の先と、
勢い良く歩き出してみたんだが。
歩けども歩けども、
目指す頂上は現れない。
結局、
到着予定時間を20分程オーバーした12時20分。
登山開始から4時間20分で、
なんとか飛龍山頂に到着。

きっと素敵な美景が拝めるだろう。
というのは完全な思い込みで、
山頂にあるのは「飛龍山」と書かれた傾いたプレートのみ。
360度木々に覆われていて、
眺望は甚だよろしくない。
よくよくその傾いたプレートを見つめてみると、
「日本百名山」ではなく「山梨百名山」とある。
ああ騙された、
高いばっかで最悪な山だった。
出発前にどんなものかと、
「飛龍山」でネット画像検索してみたら。
ヒットしたのは、
傾いたプレートの前で写された記念写真ばかりだった。
その中の複数枚が、
60以上70未満の男女混合チームの集合写真。
登り切った今、
改めて驚愕するが。
この急登を登り切る老人たちって、
どんだけ元気なんだアンタたち。
山頂にはベンチもないし、
相変わらずコバエが超うざいしで。
飯も食わずに、
北天のタル方向へ下山開始。
この標高なら熊は平気だろうと、
耳障りな熊よけの鈴も外した。
青梅・奥多摩ではあまり見掛けないデザインの橋をいくつも渡り、

大きな荷物を背負った青年が、
三ツ岩と呼ばれる巨大な岩に寄り掛かって休んでいた。
この青年は先程の男性とは真逆に、
とても清々しい挨拶をしてくれた。
疲れた時に見知らぬ人と挨拶を交わすと、
少し元気になるのはなんでだろう。
北天のタル、
ここも冬の空なら美しんだろうけど。
今日は霞んで、
ぼんやりしている。
「それではお気をつけて」と、
大きな荷物を背負い直した青年が。
別れの挨拶をしながら飛龍山方向へ進むと、
私は「は~い、そちらこそ」と返し。
広げていた地図を戻して、
雲取山方向へと歩き出した。
パンダが好きそうな新しい笹が生い茂る、
奥秩父主脈縦走路をひたすら歩き続ける。
何か得体の知れない強い視線を感じて思わず立ち止まったら、
鹿が私のことをじっと見つめていた。

写真を2枚撮った。
アングルを変えてみようと、
少し歩いてカメラを構え直したら逃げられた。
あんなに逃げなかったところをみると、
好奇心の強い子どもの鹿だったのかも知れない。
雲取山には2000頭の鹿がいるそうだが、
これは25年間禁猟した結果らしい。
増えた鹿たちの食害が、
深刻な自然破壊を招いているらしくて。
毎年毎年、
ある程度の数は殺し続けなければならないそうだ。
だがしかし、
こうやって間近に鹿を見てしまうと。
「そうだそうだ、殺せ殺せ」とは、
なかなか言えないワケで。
まあ、
門外漢がいくら考えても正しい答えは出ないだろうと。
ある意味、
問題を棚上げして考えるのをやめてしまうと。
また別の鹿が登山道に佇んだまま、
じっとこちらを見ている。
私が驚いて立ち止まると、
鹿も急にぴょんぴょん跳ねながら逃げて行った。
ああ鈴ね、
熊よけの鈴を外したからやたらと遭遇するのね。
まあ熊と猪以外ならウエルカムだなと思いながら進むと、
更にもう1頭の鹿と遭遇した。
午後2時過ぎ、
雲取山への登り口である三條ダルミに到着。

あと5時間ある。
雲取山の避難小屋で、
登山靴を脱いで休もう。
先日購入したGORE-TEXの登山靴は、
ひどい靴擦れもなくここまで快調だが。
靴の中に入ってしまった、
小石やら枯葉やらを取り除きたい。
さあ最後の登りだぜと、
気合を入れ直して歩き始めたが。
この登りが長いの長くないのって、
気絶しそうになる。
登っている時は足元だけを見続け、
登っては休み登っては休みを繰り返す。
そうやって騙し騙し、
一歩一歩確実に前へ進んで行くと。
遂に雲取山の、
見覚えのあるプレートが現れた。

三條ダルミからのアタックの方が好きかも知れない。
そう思いながらしばらく、
正規ルートである小雲取山からアタックする登山者たちを眺めていた。

避難小屋脇にあるトイレで小便をしようとのぞいてみたが。
相変わらずトイレは故障中で、
おまけに今日はハエの大運動会だ。
この避難小屋に泊まる人、
トイレはどうしてるんだろう。
雲取山は好きな山のひとつだが、
トイレ問題が深刻だ。
すっかり尿意も失せ、
避難小屋で登山靴を脱いで遅い昼食を済ませた。
15時10分、
登山靴を履き直して詰め直した荷物を背負う。
19時8分の終バスまであと4時間、
ゆっくり下りても余裕で間に合うだろう。
終バスに乗り遅れる最悪は無さそうだから、
のんびり富士山でも見ながらと思ったが。
いつの間にか広がった雲が、
富士山を完全に覆い隠していた。
ポツポツと小雨も降り出す予想外の空模様、
のんびり下りようと思ったけどのんびりもしていられない。
100均のビニール合羽を取り出して羽織ってみたが、
小雨は1時間程でやんだ。
西日に照らされた新緑が眩しい、
ほんの5ヶ月前に長靴でここを下った時とは全く別の景色だ。
ここまで快調だった新しい登山靴だが、
下りになって急に足先が痛む。
避難小屋で履き直した時、
下りだからアソビがないようにと強く締めた。
それがいけなかかったのだろうか、
下る度に激痛だ。

主に下り対策だったのに。
この結末に落胆しつつ、
中敷きをもっとクッション性の高いものに替えてみようかと。
登山靴改良計画案に、
思いを巡らせながら下り続けていると。
1頭の鹿が登山道を塞ぐように、
じっと私のことを見つめたまま佇んでいる。
写真を撮ってやろうと、
カメラを身構えると逃げてしまった。
足先の痛みに耐えながら、
鴨沢BSに到着したのが。
出発から10時間15分後の18時15分、
バスが来るまで1時間近くあるけど致し方ない。

ペプシでも飲んでスカッとしようと自販機の前に立つ。
ペットボトルはなく、
全ての商品が缶入り飲料だった。
小銭を投入してペプシのボタンを押そうと手を伸ばすと、
何故かふたつあるペプシだけが売り切れている。
CCレモンとセブンアップ、
散々迷った挙げ句にセブンアップを選び。
蓋を開けて飲んでみたら、
飲み口の所が臭い。
私の口が臭いのか、
缶が臭いのか。
飲み口の所に鼻に近づけて確認すると、
やっぱり犯人はこの缶だった。
不安になって賞味期限を確認すると、
2013年9月と印字されている。
ウエットティッシュで飲み口を拭き、
飲み直してみたけどやっぱり臭い。
おそらくこれは、
なんらかの原因で缶が酸化して臭いのだ。
インド人みたく飲み口に口を付けないで飲んでみようと試みるが、
どうもうまく飲めない。
結局全部飲み切れず、
半分程飲んで捨てた。
炭酸が スカッと上げる 尿酸値
イワモケ
JR青梅線・奥多摩駅→バス→丹波BS→サオラ峠→50分→熊倉山(162m)→前飛竜(1954m)→飛龍山(2077m)→北天のタル→雲取山(1937m)→雲取山避難小屋→小雲取山→奥多摩小屋→ブナ坂→七ツ石小屋→堂所→小袖乗越→鴨沢BS→バス→JR青梅線・奥多摩駅
距離=25.8km 最大標高差=1502m
[登山時間=約10時間15分]