2008-03-07

お詫び

薄々は気づいておりましたが、
ブログを毎日更新するのって大変です。
辛くなってきたので、
ここからはぼちぼちやらせて頂きます。

すみません、
よろしくお願い致します。

イワモケ

2008-03-06

死顔

18歳の春。
立て続けに2人の友人が、事故死しました。
ひとり目は、ガソリンスタンドで給油後。
原付バイクで道路に出た際、大型トラックと接触。
転倒してトラックの後輪に巻き込まれて、
轢死しました。

とても驚いて、
通夜に駆けつけましたら。
彼のおばあちゃんが、
「見てちょ、見てちょ。死に顔見てちょ(名古屋弁)」
と棺の扉を開けるのです。
仕方なく棺の中をのぞいてみますと、
横たわっていた死体は別人でした。
激しく顔を潰されたらしく、
整形的な処置が加えられたその顔は。
知っている彼の顔では、なかったのです。

ふたり目は、
早稲田大学に合格して上京。
新人歓迎コンパでしこたま酒を呑んだ帰り道、
山手線ホームで友人たちと悪ふざけしていた彼。
線路に転落して、
山手線車両に轢かれて死にました。
わたしは、
ひとり目の修復された顔に強いショックを受けてしましたので。
通夜も葬式も、行くのをやめました。

2006年にお亡くなりになられた、小説家の吉村昭先生。
遺稿となった「死顔」。
自分の死顔を会うことの少い親族はもとより、
一般会葬者の隙にふれられることは避け、
二人の子とそのつれ合い、
孫たちのみに限りたい。
そのためには、
死後出来るだけ早く焼骨してもらい、
死顔は、
死とともに消滅し、
遺影だけが残される。

まったくもって、同感です。
わたしも同居人といつも、
互いの死後処理について話し合っています。
「出来るだけ早く焼骨してもらい」
これに尽きます。

瞼にセロテープを貼られて、
燃されたわたしの父親は、
さぞかし無念だった事でしょう。

イワモケ

2008-03-05

キューポラのある街

昭和貧乏人映画の決定版、
浦山桐郎の監督デビュー作です。
何度観ても、泣いてしまいます。
アニメ映画「火垂るの墓」と、
この「キューポラのある街」。
わたしの鉄板お涙映画でございます。

イワモケ

2008-03-04

ジャン・ジュネ

昔々、
わたしがティーンエージャーだった頃。
新宿3丁目にあった、
秘密クラブ的特殊映画上映所。
すみません、
名前が思い出せません。

10人も入れば満席の本当に小さな所でした。
そこで「愛の詩」というホモセクシャル映画を観ました。
これはジャン・ジュネが監督した唯一の映画です。
映画監督のジャン=ピエール・ジュネではなく、
作家のジャン・ジュネです。

これがなんともエロチックな映画で、
あろう事か。
男同士の絡み合いに、
ボッキしてしまったのです。

もしかしたらわたし、
ホモセクシャルかも知れません。
と、その後。
随分悩みました。

ちょうどその頃、
その様な方と。
そちら方面の機会がめぐって来まして、
試してみましたが。
だめでした。

それでまあ、
ホモセクシャル疑惑は消えたのですが。
安心したような、
がっかりしたような、
複雑な心持ちでした。
自分がホモセクシャルだったらおそらく、
まったく違う人生になっていた事でしょう。

こんな映画もう観られないだろうと思いつつ、
調べてみましたら。
先週、
渋谷のUPLIKでやっていたではないですか。
うーん、UPLIK。
とても苦手な劇場です。
理由を言うと悪口になりますので、
書きません。

イワモケ

2008-03-03

スケアクロウ

小4の時、
たまたまテレビでこの映画を観て。
なぜか、
映画監督になろうと決意したのでした。
どうして、映画監督なのか。
さっぱり覚えていませんが、
わたしにとっては記念碑的作品であります。
この映画。
カンヌでパルム・ドールを獲っていたんですね、
今回調べてみて初めて知りました。

イワモケ