2013-05-20

丹波BS~飛龍山~雲取山~鴨沢BS

山と高原地図23奥多摩、
この地図の左隅にあるのが飛龍山(2077m)。
こんな恐ろしい山に登る日が来るなんて、
青梅線の河辺に越して来た2010年には想像すら出来なかった。

あれから3年、
すっかり青梅・奥多摩に馴染んでいる。
下北沢に20年住んで、
毎晩飲んだくれていた自分が今では信じられない。
4年前にタバコもやめて、
酒もさほど強く飲みたいと思わなくなった。

ここから立川あたりへ繰り出すくらいなら、
逆に奥多摩方面へ向かって山に登った方が健全だろう。
そうだそうしよう、
山へ行こうと。
山と高原地図23を頼りに、
最初に登ろうと試みたのが。
鳩の巣駅から大楢峠を抜けて、
御岳山へ向かう初級コース。

山登りは10年振りだけど、
このくらいなら平気だろうとひとりで登り始めてみたが。
あろうことか、
鳩の巣駅から大楢峠までの急な登りに鈍った身体が対応出来ず。
ギブアップして、
大楢峠から鳩の巣駅へ引き返すという大しくじり。

あの屈辱から3年、
体重も高校時代のベストウエイトに限りなく近づき。
10時間歩いても、
平気な身体に仕上がった。

さあ機は熟した、
山と高原地図23の最高峰・飛龍山へ行くぞ。

5月14日火曜日、
快晴。
10数人の登山客を乗せた午前7時の奥多摩発丹波行きバスは、
雲取山登山口である鴨沢BSで大半の客を降ろす。
バスに残ったのは、
大きな荷物を抱えた2人の青年と私のみだ。

そして我々は7時55分、
終点の丹波BSで降りた。
山梨県北都留郡丹波山村、
山梨県なのに山梨方面への交通手段はなく。
唯一あるのが、
奥多摩駅とを結ぶこの路線バスだけだそうだ。

バス停の前を中学生たちが通過して行くのを見て、
私は思わず笑ってしまった。
男子も女子も超ダサく、
その純粋培養さ加減は半端ない。
ほとんど東京圏であろうこの村の中学生たち、
行こうと思えば渋谷にだって原宿にだって遊びに行けるだろうに。
情報が氾濫するこの現代社会において、
このダサさは奇跡としか言い様がない。

この村の中学生たち、
高校進学時には街に出て一人暮らしをするのだろうか。
高校へ行くのも一苦労、
いろいろ大変そうだなと。
中学生たちの心配をしながら舗装された道をしばらく歩くと、
「サヲウラ峠こちら」の道標が現れた。
「熊出没注意」の看板が掛けられた高電圧を流せる鉄網のドア、
こいつを開けて登山道に入る。
電気柵が延々と設置されている、
この辺りには確実に熊がいるということなのか。

自分で付けた熊よけの鈴の音にイラつきながら、
ゆっくりゆっくり高度を上げてゆく。

丹波BSの標高が630mだから、
2077mの飛龍山まで1447m登る計算だ。

「先はとてつもなく長いぞ、
 スローリースローリー落ち着いて」と。
あえてスローなペースで登りながら振り返って下界を見たが、
あの青年たちの姿はない。
彼等は山登りではなく、
丹波川のキャンプ場へ行ったのだろう。

ゆっくりゆっくり登ったつもりだったが、
山と高原地図の表記時間より40分程早くサヲウラ峠に到着した。
地図には「サオウラ峠」と書かれているが、
「サヲウラ峠」が正しいようだ。

天気予報によると、
今日は最高気温が30℃近くまで上昇するらしい。
さすがに山は、
30℃ということはないだろうが。
この暑さで孵化したコバエがまとわりついて、
超うざいから先へ進む。

サヲウラ峠から40分程で、
熊倉山(1624m)に到着。
とはいうものの、
三角点と木にぶら下げられた手作りプレートがあるだけの。
なんの変哲もない山なので、
地図の確認を済ませてまた進む。

熊倉山からミカサ尾根をしばらく進むと、
緩やかな尾根道が急登に変わる。

岩と木の根が入り組んだ足場の悪い道を、
休み休み登り切ると。
今度は前飛龍(1954m)へと続く、
露岩の急登だ。

両手を使って、
慎重によじ登る。
左手に薄っすら富士山が見えるが、
ホントに薄っすらで見応えなし。
冬のくっきり富士山を見てしまうと、
春と夏は登るのをやめようかと真剣に思う。

もちろん日が長くて、
長時間歩くのには最適なんだけど。
澄み渡るあの絶景じゃないと、
幸福な気分に浸れない。

前飛龍の岩のてっぺんにのっかって写真を撮っていたら、
本日初の登山者と遭遇。
前飛龍のてっぺんから挨拶したが、
なぜか無視された。
女性は100%挨拶するが、
男性は時々無視をする人がいる。
別に返事を期待して挨拶しているワケではないが、
返事がないのはやっぱりちと寂しい。

さあ飛龍山は目と鼻の先と、
勢い良く歩き出してみたんだが。
歩けども歩けども、
目指す頂上は現れない。

結局、
到着予定時間を20分程オーバーした12時20分。
登山開始から4時間20分で、
なんとか飛龍山頂に到着。
飛龍山はさぞ見通しの良い山で、
きっと素敵な美景が拝めるだろう。
というのは完全な思い込みで、
山頂にあるのは「飛龍山」と書かれた傾いたプレートのみ。

360度木々に覆われていて、
眺望は甚だよろしくない。

よくよくその傾いたプレートを見つめてみると、
「日本百名山」ではなく「山梨百名山」とある。

ああ騙された、
高いばっかで最悪な山だった。

出発前にどんなものかと、
「飛龍山」でネット画像検索してみたら。
ヒットしたのは、
傾いたプレートの前で写された記念写真ばかりだった。
その中の複数枚が、
60以上70未満の男女混合チームの集合写真。
登り切った今、
改めて驚愕するが。
この急登を登り切る老人たちって、
どんだけ元気なんだアンタたち。

山頂にはベンチもないし、
相変わらずコバエが超うざいしで。
飯も食わずに、
北天のタル方向へ下山開始。
この標高なら熊は平気だろうと、
耳障りな熊よけの鈴も外した。

青梅・奥多摩ではあまり見掛けないデザインの橋をいくつも渡り、
北天のタルへ到着すると。
大きな荷物を背負った青年が、
三ツ岩と呼ばれる巨大な岩に寄り掛かって休んでいた。

この青年は先程の男性とは真逆に、
とても清々しい挨拶をしてくれた。
疲れた時に見知らぬ人と挨拶を交わすと、
少し元気になるのはなんでだろう。

北天のタル、
ここも冬の空なら美しんだろうけど。
今日は霞んで、
ぼんやりしている。

「それではお気をつけて」と、
大きな荷物を背負い直した青年が。
別れの挨拶をしながら飛龍山方向へ進むと、
私は「は~い、そちらこそ」と返し。
広げていた地図を戻して、
雲取山方向へと歩き出した。

パンダが好きそうな新しい笹が生い茂る、
奥秩父主脈縦走路をひたすら歩き続ける。

何か得体の知れない強い視線を感じて思わず立ち止まったら、
鹿が私のことをじっと見つめていた。
全然逃げようとしないので、
写真を2枚撮った。
アングルを変えてみようと、
少し歩いてカメラを構え直したら逃げられた。
あんなに逃げなかったところをみると、
好奇心の強い子どもの鹿だったのかも知れない。

雲取山には2000頭の鹿がいるそうだが、
これは25年間禁猟した結果らしい。
増えた鹿たちの食害が、
深刻な自然破壊を招いているらしくて。
毎年毎年、
ある程度の数は殺し続けなければならないそうだ。
だがしかし、
こうやって間近に鹿を見てしまうと。
「そうだそうだ、殺せ殺せ」とは、
なかなか言えないワケで。

まあ、
門外漢がいくら考えても正しい答えは出ないだろうと。
ある意味、
問題を棚上げして考えるのをやめてしまうと。
また別の鹿が登山道に佇んだまま、
じっとこちらを見ている。

私が驚いて立ち止まると、
鹿も急にぴょんぴょん跳ねながら逃げて行った。

ああ鈴ね、
熊よけの鈴を外したからやたらと遭遇するのね。
まあ熊と猪以外ならウエルカムだなと思いながら進むと、
更にもう1頭の鹿と遭遇した。

午後2時過ぎ、
雲取山への登り口である三條ダルミに到着。
鴨沢BSの終バスは19時8分だから、
あと5時間ある。

雲取山の避難小屋で、
登山靴を脱いで休もう。
先日購入したGORE-TEXの登山靴は、
ひどい靴擦れもなくここまで快調だが。
靴の中に入ってしまった、
小石やら枯葉やらを取り除きたい。

さあ最後の登りだぜと、
気合を入れ直して歩き始めたが。
この登りが長いの長くないのって、
気絶しそうになる。

登っている時は足元だけを見続け、
登っては休み登っては休みを繰り返す。

そうやって騙し騙し、
一歩一歩確実に前へ進んで行くと。
遂に雲取山の、
見覚えのあるプレートが現れた。
突然山頂が出現するから、
三條ダルミからのアタックの方が好きかも知れない。
そう思いながらしばらく、
正規ルートである小雲取山からアタックする登山者たちを眺めていた。
修理が済んでいたら、
避難小屋脇にあるトイレで小便をしようとのぞいてみたが。
相変わらずトイレは故障中で、
おまけに今日はハエの大運動会だ。

この避難小屋に泊まる人、
トイレはどうしてるんだろう。
雲取山は好きな山のひとつだが、
トイレ問題が深刻だ。

すっかり尿意も失せ、
避難小屋で登山靴を脱いで遅い昼食を済ませた。

15時10分、
登山靴を履き直して詰め直した荷物を背負う。
19時8分の終バスまであと4時間、
ゆっくり下りても余裕で間に合うだろう。
終バスに乗り遅れる最悪は無さそうだから、
のんびり富士山でも見ながらと思ったが。
いつの間にか広がった雲が、
富士山を完全に覆い隠していた。

ポツポツと小雨も降り出す予想外の空模様、
のんびり下りようと思ったけどのんびりもしていられない。

100均のビニール合羽を取り出して羽織ってみたが、
小雨は1時間程でやんだ。

西日に照らされた新緑が眩しい、
ほんの5ヶ月前に長靴でここを下った時とは全く別の景色だ。

ここまで快調だった新しい登山靴だが、
下りになって急に足先が痛む。

避難小屋で履き直した時、
下りだからアソビがないようにと強く締めた。
それがいけなかかったのだろうか、
下る度に激痛だ。
登山靴を買い直したのも、
主に下り対策だったのに。
この結末に落胆しつつ、
中敷きをもっとクッション性の高いものに替えてみようかと。
登山靴改良計画案に、
思いを巡らせながら下り続けていると。
1頭の鹿が登山道を塞ぐように、
じっと私のことを見つめたまま佇んでいる。
写真を撮ってやろうと、
カメラを身構えると逃げてしまった。

足先の痛みに耐えながら、
鴨沢BSに到着したのが。
出発から10時間15分後の18時15分、
バスが来るまで1時間近くあるけど致し方ない。
幸いにもバス停近くにサントリーの自販機があったので、
ペプシでも飲んでスカッとしようと自販機の前に立つ。

ペットボトルはなく、
全ての商品が缶入り飲料だった。

小銭を投入してペプシのボタンを押そうと手を伸ばすと、
何故かふたつあるペプシだけが売り切れている。
CCレモンとセブンアップ、
散々迷った挙げ句にセブンアップを選び。
蓋を開けて飲んでみたら、
飲み口の所が臭い。

私の口が臭いのか、
缶が臭いのか。
飲み口の所に鼻に近づけて確認すると、
やっぱり犯人はこの缶だった。

不安になって賞味期限を確認すると、
2013年9月と印字されている。
ウエットティッシュで飲み口を拭き、
飲み直してみたけどやっぱり臭い。

おそらくこれは、
なんらかの原因で缶が酸化して臭いのだ。
インド人みたく飲み口に口を付けないで飲んでみようと試みるが、
どうもうまく飲めない。
結局全部飲み切れず、
半分程飲んで捨てた。

炭酸が スカッと上げる 尿酸値

イワモケ

JR青梅線・奥多摩駅→バス→丹波BS→サオラ峠→50分→熊倉山(162m)→前飛竜(1954m)→飛龍山(2077m)→北天のタル→雲取山(1937m)→雲取山避難小屋→小雲取山→奥多摩小屋→ブナ坂→七ツ石小屋→堂所→小袖乗越→鴨沢BS→バス→JR青梅線・奥多摩駅
距離=25.8km 最大標高差=1502m
[登山時間=約10時間15分]

2013-04-11

三ツドッケ、軍畑から登ったった

4月9日火曜日、
快晴。
約2ヶ月ぶりの山行、
今日は軍畑から三ツドッケ(1576m)を目指してみます。

東日原BSから三ツドッケ(天目山)に登って、
高水山まで縦走するのが正統派のようですが。
今日はあえて、
逆から挑んでみたいと思います。
午前7時35分、
軍畑駅を出発して30分弱で高水山登山口に到着。
何度も登り慣れている登山道だが、
今日は身体が重い。
2ヶ月山を休んだ影響だろうか、
後半バテないようにペースダウンして慎重に登る。

登山口から50分弱、
常福院のトイレを借りて小用を済ませる。

4時間程度しか寝ていない影響か、
どうにも身体が重くて仕方がない。
とりあえず岩茸石山(793m)の絶景を見て、
元気を出そうとすたこら登ってみたが。
春霞と黄砂の影響で、
見通しが全くよろしくない。
絶景がNGならパンでも食って元気を出そうと、
ランチパックのたまご味をぱくつく。

よくよく考えてみたら今日のコース、
高水山(759m)岩茸石山(793m)黒山(842m)棒ノ折山(969m)とじわじわ登り~の。
槙ノ尾山(945m)長尾ノ丸(958m)日向沢ノ峰(1356m)蕎麦粒山(1472m)で、
ぐんぐん標高を稼ぐ。
そんでもって仙元峠(1444m)で一旦下がって、
三ツドッケ(1576m)でピークに達する。

これを細かく計算してみると、
コース全体の約75%が登りということになる。
この身体の重さを考慮すると、
途中でコース変更もありうる話。

東日原BS発の終バスが18時52分だから、
日向沢ノ峰に15時だ。
15時までに到着できなかったら、
川苔山方向にコース変更して鳩ノ巣駅を目指そう。
そうだそうしようとB案も用意して、
岩茸石山から棒ノ折山を目指して出発したのが9時15分。

10時間を超えるコースのペース配分が、
いまいちよくわかっていない気がするが。
1に経験2に経験、
とにかく場数を踏むしかない。

権次入峠から棒ノ折山へと続く広い坂が整備工事のため、
脇の迂回路を使って山頂まで登るが。
棒ノ折山も春霞と黄砂の影響で、
見通しがよろしくない。
冬の絶景がつくづく恋しい、
これから秋まで低山からの絶景は拝めそうにないな。

問題はここから三ツドッケまでの未経験コース、
登山道は急に細々と怪しくなったが。
権次入峠の迂回路からずっと木に括り付けてあるピンク色の目印、
これのお陰で道に迷うこともなさそうだ。
今日は平日だからさすがに団体さんはいないが、
朝から数人の男性ひとり登山客と挨拶を交わした。

そしてこの未経験コースに入ってからはなぜか、
女性ひとり登山客ばかりと挨拶を交わす。

女性と言ってもギャルではなく、
初老のおばさん達なのだが。
しかし元気でびっくり、
この調子だとこのおばさん達が百歳になられる頃には。
百歳人口が現在の10倍とか、
あながちない話じゃないかも知れない。

槙ノ尾山を超えた辺りから、
随所に出現する急登。
多少の平地と下りはあるにせよ、
基本的には朝からずっと登りを続けているワケで。
その蓄積疲労がじわじわボディーブローよろしく、
ダメージを蓄え続けている。

長尾ノ丸の先にある更なる急登に差し掛かると、
苦労しながら下りて来る初老の夫婦と遭遇。

休憩かたがた、
その場に立ち尽くして待っていると。
「どうもすみません」と婦人が恐縮するので、
「この先もすごいいんですか?」と質問してみた。

すると婦人は関西訛りの残るイントネーションで、
「この先に、これの4倍はあろう坂がある」と教えてくれた。

「もう千メートルは越えましたかねぇ?」と、
今度はご主人に質問してみると。
ご主人もやはり関西訛りの残るイントネーションで、
「ここいらはまだ900メートル台でしょう」とおっしゃる。

いくつもの急登を越えて、
かなり高度を稼いだつもりだったのだが。
まだ千メートルを越えていないとは、
一体全体どういうことだろう。

千メートル弱の低山をひとつ登るのと、
その低山をいくつも越えて行くのとでは全く意味が違う。
これはまだまだ気が抜けぬ、
心して登るべしと気合を入れ直す。

別れ際、
「でも、若いから平気よね」と婦人に励まされ。
「まあ、頑張って登ってみます」と会釈して、
目の前の急登に挑み始めた。

「若くはないです、50過ぎてます」と、
ひとりツッコミしながら登っていると後ろから。
「若いから平気よね?」と、
今度は不安そうな声色でご主人に尋ねる婦人の声が聞こえる。

尋ねられたご主人は返答に困り、
何も答えず受け流していたようだが。
恐ろしい、
この先に待っているであろう4倍の急登はそんなに凄いのか。

身体のバッテリー残量はおそらく50%、
とりあえず日向沢ノ峰まで頑張ってみよう。

次々と出現する急登をなんとか越えたその後、
日向沢ノ峰のピークへと続くらしい噂の4倍急登が出現した。

10歩登っては休み、
10歩登っては休みを繰り返し。
エベレスト登山のような牛歩でもって、
なんとか日向沢ノ峰に到着。
携帯の時計を見てみると、
14時05分。
軍畑を出発してから6時間30分か、
さてどうしたものか。
ここから川苔山方向へショートカットしようか、
終バスに間に合いそうだから予定通り三ツドッケを目指すか。

棒ノ折山を出発したあたりから、
なんだか胃が痛くて気持ちも悪い。

当然食欲もないが、
薬だと思って蒸しパンをひとつ食べてみたら。
少し元気が出て、
予定通り三ツドッケを目指すことにした。

もうひと踏ん張り、
まずは蕎麦粒山を目指して歩き出そう。

ピンクが途中から、
赤や黄色の目印に変わったが。
ありがたい目印のお陰で、
心許無い登山道も道に迷う心配はない。

ただ残念なのは、
登山道の北側も南側も木々が邪魔をして眺望がよろしくない点だ。

道中のイベントといえば、
かなりの頻度で出現する急登をどう攻略するか。
それ以外特に変化のないコースで、
日向沢ノ峰を過ぎてからはもう誰ひとりとも遭遇していない。

そしておそらくこのコース最大のイベントであろう、
蕎麦粒山へと続く長い急登が立ちはだかる。
その天敵を見上げ、
水分補給をしながら心の整理をしていると。
10年以上昔、
東京・調布から新潟・糸魚川までママチャリで走破した時の記憶が甦った。

あの塩尻峠越えはキツかった、
あれに比べればこんなの屁の河童だ。

と自分に言い聞かせ、
牛歩作戦でもって一歩一歩確実に登って行く。

俺は何をやってるんだ、
ママチャリで糸魚川まで走ったって。
キャバクラでモテたりしなかったじゃないか、
意味がわからないと鼻で笑われただけだったじゃないか。

美味しい魚が食べたいから釣りをする、
美味しい野菜が食べたいから土をいじる。
意味のあることしかしない大人なんて糞食らえだ、
だから俺はひとり密かに意味のないバカ登山をする。

万歳バカ登山、
万歳バカ野郎。

などなどと、
朝から蓄積され続けた疲労に頭も侵され幻聴が聞こえ出す。

両耳にへばりつく幻聴を振り払い、
頭を上げると蕎麦粒山の道標が見えた。
素人さんならここで嬉しくなって、
一気に登りがちだが。
あえてここで、
一休みすべきだ。
なぜならば、
山の傾斜が最もキツいのは頂上付近なのだから。

山と高原地図によると、
一杯水避難小屋までは残り80分だそうだ。
自分歩速は八掛けだから、
64分以内に着けるだろう。

蕎麦粒山の山頂に横たわるベッドのような大きな石、
荷物を下ろして横になってみた。

背中の筋肉が悲鳴を上げている、
背骨もコキコキ鳴る。

横たわったまま、
青い空をぼんやり見上げるが。
言葉は何も浮かんでこない、
ただそこに青い空があるばかりだ。

さあ、
三ツドッケの絶景を見て締め括ろう。

岩茸石山も棒ノ折山も、
春霞と黄砂の影響でよろしくなかったけど。
標高1576mの三ツドッケならきっと大丈夫と、
自分に言い聞かせて出発したのが14時10分。
そして仙元峠を越え、
一杯水避難小屋に到着したのが15時05分。
軍畑から三ツドッケまで逆歩きするのはバカ登山の極みだな、
もう2度とごめんだと今は思ってるけど。
2、3年経てばまた登りたくなるのだろうよ、
そこがバカ登山の心粋だぜぃ。

一杯水避難小屋の裏手から、
20分程かけて最後の急登を越えて山頂に到着。
三ツドッケは2度目だが、
ここの360度大パノラマは超絶景だ。
前回は見えなっかた富士山も、
今日はぼんやり見えている。
このまま夕暮の富士山を眺めて、
酉谷山の避難小屋にでも泊まろうか。
一杯水のトイレは古くて汚いが、
酉谷避難小屋はとても清潔だ。
この小屋なら泊まれそうだと、
酉谷山に登った時に思った。

そろそろ避難小屋デビューしてみたいものだが、
なかなか踏ん切りがつかないでいる。
すべての問題は、
洗髪しないと眠れないという潔癖体質にある。
水の要らないシャンプーみたいな、
画期的な薬品はないものか。

身体のバッテリー残量はおそらく15%、
終バスを乗り過ごして奥多摩駅まで歩く気力はもうない。

現在時刻は16時15分、
ここからゆっくり下りても120分以内で東日原BSに着くだろう。
東日原に着いたらすかっとさわやかなコカコーラを飲もうか、
それとも思い切ってビールとか。
確かバス停の近くに酒屋があったぞ、
ビールもありか。
18時前後に着くだろうワケだから、
18時52分の終バスまで1時間近くある。
ビールだビール、
ビールを飲めばきっとこの胃の痛みも消えるだろう。

頭の中が冷えたビールで占拠され、
ビールビールと囁きながら。
すたこらさっさと、
東日原を目指して下り続けるが。
登りより下りの方がラクというのは大間違いで、
下りの傾斜が足先に強い痛みを走らせる。

三ツドッケから高水山への正統派コースも、
あながち楽勝じゃないかも知れないぞ。
この逆なのだから、
コース全体の約75%が下りということになる。
それはそれで、
大変骨の折れることだろう。

足先に走る強い痛みに耐え続けて、
東日原BSに到着したのが18時05分。

バス停に隣接されたトイレで小用を済ませ、
酒屋に向かってみたが店は閉まっていた。

幸い店先にSAPPOROの自販機があったので、
ビールを買おうとしばらく眺めてみたが。
非アルコールの飲料水ばかりで、
ビールはない。

自販機でビールを提供できない時代が、
この田舎にも押し寄せてしまったのか。

SAPPOROの横にコカコーラの自販機もあったのだが、
なぜか無性にSAPPORO富士山麓バナジウム・ウォーターが飲みたくなって買った。

富士山麓の美味しい水で、
痛む胃を洗浄しなからバスを待つ。

ベンチに座ったままうとうとしていると、
意外に早く時間が過ぎてくれて終バスが現れる。

ひとりバスに乗り込み、
本格的に眠ることにする。

バスに揺られること30分弱、
「次は終点の奥多摩駅」というアナウンスで目が覚める。
いつの間にか乗り込んでいた3人のおやじ達が、
大きな声で喋っている。
「今週は長えなぁ、まだ火曜かよ」と、
恐ろしく長い1週間を憂いていた。

3人は登山客ではなく、
地元の人間らしかった。

奥多摩駅にバスが到着したので立ち上がると、
「お先にどうぞ」と3人組の最年長者に先を譲られ、
「すみません」と会釈してバスを下りる。

平日の山行は少々後ろ暗いが、
山の静かさは至極この上ない。
山あれば 意味なくひたすら バカ登る

イワモケ

JR青梅線・軍畑駅→高源寺→高水山(759m)→岩茸石山(793m)→黒山(842m)→権次入峠→棒ノ折山(969m)→槙ノ尾山(945m)→長尾ノ丸(958m)→日向沢ノ峰(1356m)→蕎麦粒山(1472m)→仙元峠(1444m)→一杯水避難小屋→三ツドッケ(1576m)→一杯水避難小屋→東日原BS→バス→JR青梅線・奥多摩駅
距離=26.7km 最大標高差=1356m
[登山時間=約10時間30分]

2013-02-11

新雪の鷹ノ巣山、長靴でよじ登る

2月7日木曜日、
昨日の雪がうっすら残る奥多摩駅。
8時10分発、
鍾乳洞行きバスに乗り込む。

土日は東日原BS止まりのみだが、
平日は中日原BSに停車する鍾乳洞行きバスがある。
今日は中日原BSで下りて、
「奥多摩三大急登」のひとつ。
稲村岩尾根経由で、
鷹ノ巣山(1736m)を目指そうと思う。

暖房の効いていないバスの車内には、
2人組の山オヤジと2人組の山ガールと私の5人のみ。

運転手がバスに乗り込みエンジンを始動させると、
生暖かい暖房の風が車内に漂い始めた。

バスは定刻通りに発車すると、
細い山道を蛇行しながら登って行く。
このくねくね山道と、
恐らく10℃以下であろう。
一向に暖かくならない車内がいけなかったのだろうか、
なんだかお腹が急に痛くなってきた。

奥多摩駅を出発して約15分、
降車ブザーが押されてバスが川乗橋BSで停車した。
山オヤジたちに続いて、
山ガールたちが降りて行く。
その山ガールのひとりのSuicaが、
エラー音を出し続けている。
乗車の際にSuicaをタッチしなかったらしく、
「乗車の際は、タッチ願います」と運転手に注意される。
私はこの「タッチ願います」というフレーズが、
妙に笑えてニヤニヤしてしまった。

川苔山(1363m)を目指すのだろう4人を見送るように、
バスはゆっくり出発する。

私は東日原BSに、
綺麗なトイレがあることを知っている。
今日は中日原BSで下りるつもりだったが、
東日原BSのトイレに直行だ。
幸いバスの乗客は既に私ひとりで、
トイレを争う心配もない。

降車ブザーを押し、
東日原BSで下車した。

バス停に設置されたベンチにリュックを下ろし、
貴重品だけを持ってトイレへ進むと。
誰もいない筈のトイレから、
男性登山客がベルトを締めながら出てきた。
「うわっ、びっくりした」と、
面食らって大きな声を出す登山客。

ここまで、
マイカーでやって来たのか。
それとも1本前のバスでやって来て、
ずっとうんこしていたのかは不明だが。
いる筈のないライバルが突然現れて、
私の方も面食らった。

「おはようございます」と改めて挨拶し直して、
入れ替わるようにトイレへ入った。

素早くズボンを下ろして便座に座ってみたら、
ヒーター付きの便座が温かい。
うーん、
これは極楽と。
快調にうんこしたら、
すっかりお腹の痛みも消えた。

東日原BSから5分程歩いて、
隣のバス停である中日原BSに到着すると。
「兄さん鷹ノ巣か、気をつけてな」と、
地元のお婆ちゃんに声を掛けられたので。
振り返って、
「ありがとうございます」と微笑みながら会釈する私。

「帰りはどっから下りる?」とお婆ちゃん、
「奥多摩の駅まで歩きます」と私。
「ああ、その方がええわ」と、
今度はお婆ちゃんが微笑む。

どうしてその方が良いのか理由はよく分からないが、
面倒なのでそのまま受け流し。
「行ってきます」ともう一度、
軽く会釈して出発した。
登山道へ入ると、
新雪の上にしっかりとした靴跡がある。
アイゼンは装着していないようだが、
その靴跡は間違いなく登山靴だ。
これはありがたい、
このトレースを頼りに歩けば迷うこともなさそうだ。

倉戸山(1169m)から榧ノ木山(1485m)、
水根山(1620m)を抜けて鷹ノ巣山に登ったことはあるが。
稲村岩尾根は初めて登るので、
まさにこれは「渡りに船」「めくらに提灯」だ。

来シーズンあたりは新しい登山靴とアイゼンを買おうと思いつつ、
今シーズン中はこのスパイク付き長靴でなんとかしようと思う。
登山道に入ってから約50分、
先達さんのトレースのお陰ですんなり稲村岩へ到着。

その道標の前で、
おそらく40代であろう男性登山者と遭遇した。
「こんちは、これが稲村岩ですか?」と、
大きな岩山を指し示す私。
「ええ、そうです」と答えてくたれたこの方、
実はトレースをしてくれていた先達さんだったのだが。
なぜかこの時の私は、
この方は下山して来た方だと思い込んでいた。

おまけにこれから進む道は、
稲村岩を乗り越えてた先にあるものだと勘違いしていて。
この方は稲村岩から下りて来た人だとも、
強く思い込んでいた。

険しい稲村岩の岩肌をよじ登り、
なんとか稲村岩のピークに登り着くが。
いくら探しても、
これより先に道がない。
先達さんのトレースも消失し、
誰もこの稲村岩に足を踏み入れた形跡がない。

これはおかしい、
どうしたものかと途方に暮れ。
しばらく行ったり来たりルートを探ってみたが、
それらしいルートはどうしても発見できない。

どこで間違えたのだろうと検証しながら、
険しい岩肌を戻ることにした。

ここから滑落したら、
あの谷まで落ちるのか。
あの谷底ならまあ、
なんとかよじ登れそうだなと。
滑落した自分を想像しながら、
稲村岩を恐る恐る下りる。

地図を何度見直しても、
稲村岩を乗り越えて「一本道を進む」としか読み取れない。

「山と高原地図」の付録解説書、
これを何度も読み直してみたが。
やっぱり稲村岩を乗り越えて、
「一本道を進む」と書いてあるようにしか読めない。

実は先達さんだった人と出会った道標の前まで戻って、
もう一度地図を広げてみる。

「←稲村岩 石尾根縦走路→」
この道標をどう理解いれば良いものか。

稲村岩方向へ進んでも行き止まり、
ということは石尾根縦走路方向へ進むしかないのだが。
地図にはその、
石尾根縦走路方向への道が存在しない。

どうしたものかと散々思い悩んだ末、
ダメなら引っ返そうと石尾根縦走路方向へ進む急な坂を登ることにした。

しばらく急坂を登ると、
先達さんの靴跡が再び現れた。

なんだ、
完全に地図を読み違えていたんじゃないか。
稲村岩というのは、
ただの立ち寄り観光だったんじゃないか。
それならそうと、
しっかりその旨書けってんだッ。
お陰で1時間もロスしちまったじゃねえか、
まったく昭文社めッ。
足元の雪はどんどん深くなって、
汗が顔面から滴り落ちる。
先達さんのトレースを信じて、
丹念に一歩一歩登り続ける。

これは確かに、
「奥多摩三大急登」だ。
本仁田山(1224m)の急登もきつかったが、
こちらもなかなか手強いぞ。

傾斜はどんどんきつくなって、
登っても登っても緩やかにならない。

それなら作戦変更と、
上を見るのをやめて。
足元だけを見ながら、
一歩一歩丹念に登り続けたら。
ずっと先に見えていたピークが、
いつの間にか目と鼻の先に近づいていた。

ああ、
やっと登り切ったのか。
それにしても長い、
雪山は夏山の倍疲れると言うがホントにそうだと実感する。

雪山を7日間毎日12時間縦走し続けたという、
昭和初期の登山家・加藤文太郎はとんでもねえ怪物だぜ。
80年近い遥か昔、
簡素な冬山装備でひとり歩き続けた怪物・加藤文太郎を改めて敬服する私であった。

大汗かきかき、
なんとか登り切って平坦な道に出る。
久しぶりの平坦道に歓喜しながら、
しばらく大股で進むと。
目の前に広がるのは、
更に斜度のきつい大急登だ。

落胆しつつ、
呼吸を整えて先達さんのトレース通り進む。
先達さんはここでアイゼンを装着したらしく、
雪道にしっかりアイゼンの跡が付いている。
私のスパイク付き長靴は、
ここまで快調で特に問題はない。

が、
しかし。
ここから始まった大急登、
これがとてつもなく長かった。
そして更に雪の下に横たわっているであろう大きな岩肌が、
つるつる滑って登れない。
踏み込んだ足が滑ってすってんころり、
急な斜面をずるずる滑り落ちる私。

どうにも滑って登れないので、
泣く泣く先達さんのトレースから離れ。
支えになる木の枝を探しつつ、
なんとか木の枝を掴んでよじ登る。
普段ストックなんぞ欲しいと思ったことはないけれど、
さすがに雪山にはあった方が良いみたいです。

つるつる滑る雪の下にあるであろう大きな岩肌と格闘しながら、
大急登をよじ登り続けていると先達さんの姿が見えた。
ここで初めて先達さんが稲村岩の分岐で出遭った方と同一人物だったと、
今更ながら気付く私。

そうか、
稲村岩と格闘した1時間は無駄じゃなかったんだ。
あのまますんなり進んでいたら、
あっという間に先達さんを追い越してしまって。
トレースなしの、
超不安なひとり登山だったじゃないか。
ありがとう先達さん、
お陰様で随分ラクに登ることができましたッ。

立派な一眼レフカメラで、
写真撮影をしていらっしゃる先達さん。
トレースがなくなるから追い越したくないので、
こちらも写真など撮りながらしばらく時間調整をしていたが。
どうにも追い越さなきゃいけないカンジになってしまって、
挨拶しなが道を聞くと。
「このままピークを目指せば着くと思います」と言われ、
不安ながら私めが先行することになる。

相変わらずつるつる滑る、
雪の下にあるであろう大きな岩肌。
登り易そうな木のあるルートを選択して、
全身雪にまみれでよじ登り続ける。

ああ着いた、
見覚えのある道標だ。
朝の9時に登山道へ入って、
なんだかんだの4時間超え。

傍から見たら平日の朝っぱらから一体、
何をやってるんだねと言われそうだが。
苦労すればするほど、
不思議な程にやけてしまう自分がいる。
目の前に広がる大パノラマ、
あいにく富士山は逆光で薄ぼんやりしているが。
山々にかかる不思議な雲海の、
なんとも言えぬ塩梅が最高だ。

ありがとう、山。
ありがとう、雲。

少し遅れて山頂に到着した先達さんに、
「どうもありがとうございました、
ずっと靴跡を追って登って来ました」とお礼を言いながら会釈すると。
「長靴にストックなしって、
凄いポテンシャルですね」と褒められた。

「滑りまくりましたけど、平気でした?」と尋ねてみると、
「今日は雪の下の岩が凍ってましたから」と教えてくれた。

「前に一度、
3月にこのコースを登ったが、
その時は雪が膝まであった」そうな。

しばらく二人で山話をした後、
「その先に向こうの山が見えるポイントがあるので」と言って。
ザックを道標脇に置いたまま、
先達さんは鷹ノ巣山避難小屋方向へ下りて行った。

目の前に広がる大パノラマを眺めながら、
私はいつもの薄皮つぶあんぱんを口の中に放り込む。

そそくさと食事を済ませ、
リュックを背負って先達さんの下りた避難小屋方向へ向かってみる。

富士山とは逆側の山々を写真に収め、
「下りま~す、ありがとうございました~っ」と先達さんに手を振り振り、
再び鷹ノ巣山方向へ戻って下山開始。

ここからはもう先達さんのトレースはないが、
歩いたことがあるコースだから迷うことはないだろう。
足跡のまったくない雪道、
スケボーで滑り降りたらさぞ格好良いだろうに。

相当疲れている筈なのに、
なぜか新雪の雪道を苦もなく駆け下りる両足。
大急登から開放された喜びなのか、
楽しくてしょうがない。

道に迷うこともなく約3時間半で、
奥多摩駅に到着。

長い時間山を歩いた後、
下界に戻ると脳の中にセレトニンが大量発生する気がする。
なんとも言えぬ、
不思議な幸福感に包まれ続ける。

東浦奈良男という1万日連続登山を目指し、
9738日で記録が途絶えた伝説のお爺ちゃん。
この方が綴った日記の中に、
「もし幸せでなかったら、
それはその人の罪であり罰である」
というの一節がある。
ああそうなんだよ、
生きているだけで幸福なんだよ。
山から下りて4日目、
まだまだ不思議な幸福感に包まれ続けている私は幸福者だ。

来シーズンこそは、
新しい登山靴とアイゼンを買います。
ストックはどうしよう、
こちらはちょっと悩み中ですけど。

イワモケ

とある山の指南書に、
山8時間は。
フルマラソンの消費カロリーを超えるって書いてあったけど、
本当なんだろうか?

JR青梅線・奥多摩駅→バス→東日原→稲村岩→鷹ノ巣山(1736m)→水根山→六ツ石山分岐→三ノ木戸山(1177m)→JR青梅線・奥多摩駅
距離=約15.3km 最大標高差=約1407m
[登山時間=約8時間]

2012-12-17

鴨沢BS~雲取山~鴨沢BS

12月13日(木)快晴。
午前7時奥多摩駅発丹波行きバスに乗り込み、
奥多摩の最高峰である雲取山(2017m)を目指しまっする。
日帰りで雲取山に登るなんて無謀なこと、
2年と4ヶ月前の自分には想像もできなかったです。

つまりはその、
青梅に越してから2年と4ヶ月目ですが。
年齢とは反比例して山登り体力がぐんぐんついていますし、
山登りの技術も格段に向上していますから。
そろそろ今シーズンから、
奥多摩の雪山にも挑戦したいと考えています。

只今の雲取山、
山頂付近に若干の積雪がある程度だそうです。
登山靴で登れそうだとも思いましたが、
先シーズン雪の高水三山で試したスパイクピン付き長靴で登ってみようと思います。

雪のない山をスパイクピン付き長靴で登るなんてとお思いでしょうが、
登山靴より実は登り良いのではないかと前々から思っておりまして。
いつか試してやろうと、
そのチャンスをうかがっておりました次第です。

雪のありなしでアイゼン脱着を繰り返すのは大変面倒なので、
アイゼン購入をずっと躊躇している私です。
沢登り用のスパイクピン付き登山靴というのも存在するそうですが、
今回良かったら購入を考えてみたいと思います。

午前7時35分、
標高540mの鴨沢バス停に到着。
一緒に乗車していた5人の登山客たちはもっと奥へと行くらしく、
ここで下車したのは私ひとりでした。

バス停脇に設置された衆議院選挙のポスター掲示板、
全く見覚えのない顔ばかりです。
あれれと、
よくよく見てみると山梨県丹波村とあります。

ああそうか、
鴨沢って東京じゃなくて山梨なんだと改めて認識しました。

バス停脇にある綺麗な公衆トイレで小便をしたり手を洗ったりで、
出発準備を完了したのが午前7時45分。

公衆トイレ横の電柱に設置された道標に従い、
民家の間を登って行くと。
いきなり30匹程のニホンザルたちに出くわしたもんだから、
びっくり仰天でもって後退り。

サルたちは飛んだり跳ねたり、
縦横無尽でやりたい放題。
写真を撮ってやろうと何度もシャッターを押しましたが、
サルたちの動きが俊敏過ぎてまともに撮れたのはこの1枚のみです。
初めて登る中級クラスの山は、
熊との遭遇が心配でどきどきします。

今回、
奥多摩湖のお土産売り場で購入した熊よけの鈴をリュックに付けて来ましたが。
どうも音が小さい気がして心配なので、
いつものようにホイッスルを吹きながら進みます。

ニホンザルに意表をつかれ、
もしかして次は熊かと心細くなっております。
おまけに平日の登山道には誰もいないし、
本当に私はひとりぼっちです。
もしここで熊と出遭ったらというシュミレーションを色々思い描いていたら、
30分程で車道に出てしまいました。

車道を少し進むと駐車場があり、
数台の車が駐車されています。

出発前に参考にしたヤマレコ、
これに掲載されていた記事の多くが鴨沢駐車場スタートになっていた理由がようやく理解できました。
車の人は往復50分程登山時間が短くなるし、
バスの時間も気にしなくていいしで。
鴨沢~雲取山ピストンなら断然車が便利だからなんだなと納得しつつ、
更に進んで小袖乗越に到着。

道標に従って、
再び登山道に入ります。
道筋がしっかりとしていて、
歩き易い登山道です。
1時間程歩くと、
ベニアに「水」「水」とペイントされた貧乏くさい看板。
飲料水はたっぷりあるので、
そのまま通過して。
更に45分程進むと堂所と呼ぼれる小さな平地に着きましたが、
まだまだ先が長いので休まず歩き続けます。

すると左手に雄大な富士山が見え出して、
なんともステキです。
「七ツ石小屋方面近道」の小さな道標に従って、
長い長い急勾配を登り始めます。

急勾配と格闘すること30分余り、
ようやっと七ツ石小屋に到着。
素泊まり3500円の完全予約式山小屋だそうですが、
今日は閉鎖していました。

この小屋から見える富士山と南アルプス、
なかなかです。
七ツ石小屋の前の急勾配を10分程登るとブナ坂に到着、
ここから山火事の際に延焼を防ぐために設けられた幅広の防火帯道を登り始めます。

ここらは昔、
山野草が豊富な所だったそうですが。
増えた鹿に食い尽くされて、
ほとんど絶滅したそうです。

小さなアップダウンを繰り返しながら、
ヘリポートや五十人平を過ぎると町営の雲取奥多摩小屋に到着。
その先に見えるのが、
避難小屋のある雲取山頂へと続く最後の急勾配です。
前を歩いていたグループが雲取奥多摩小屋の前のベンチで休憩していましたが、
私はそのまま歩き続けて最後の急勾配にアタックです。

バス停からここまで4時間弱、
しかしまあ長い。
前半はなんてことのない登りでしたが、
七ツ石小屋への近道と称する急勾配からはかなりキツイコースです。
そしてこの、
最後の急勾配がまたキツイ。

あまりの急勾配の連続で大汗かきかき、
七ツ石小屋の手前からずっとリュックにダウンジャケットをぶら下げて登り続けております。
今日の最高気温は氷点下8℃らいしのですが、
体感として氷点下8℃という実感はまったくないです。

標高540mの鴨沢バス停を午前7時45分に出発した私は、
正午ちょうどに2017mの雲取山山頂に到着しました。
その標高差は1477mで、
登頂時間は4時間15分でした。
4時間もあれば余裕で登れると思っていましたが、
まさかの15分オーバーです。

それにしても雲取山、
さすがに手強いぞと感慨に浸っておりますと。
「すみません、写真いいですか?」と、
またいつものアレです。

他人のカメラのシャッターなんぞ、
ホント押したくはありませんが。
現在山頂にいるのは、
彼と私とふたりっきり。
この状況で「嫌です」と断固拒否するのも逆に面倒ですから、
「はい撮ります、321」でパシャです。

「ありがとうございます、撮りましょうか?」ときたもんだから、
「いやいや私は結構です」とお断りさせて頂きました。

「私は他人のカメラのシャッターを押すのを断固拒否します」
というスローガンを印刷してリュックに貼り付けたいものです。

さすがに立ち止まると山頂は寒いので、
雲取山避難小屋でランチすることにしました。

山頂と避難小屋がこんなに近いのって珍しいなあと思いつつ、
木製の二重扉を開けると先客がひとり。
立派な一眼レフを抱えた初老の男性、
ガスバーナーでお湯を沸かしてカップラーメンを食べようとしていました。

「こんちわ」と挨拶して、
私は長靴を脱いで奥の日が射す窓際に座る。

とはいえ最高気温が氷点下8℃ですから、
部屋の中でも息が白いです。

持参したポットを傾けて簡易カップ式コーンスープの中へお湯を注ぐと、
あっという間に温かいスープの出来上がり。

ガスバーナーのおじさんもカップ麺の準備か完了したらしく、
ズルズル麺をすする音が避難小屋に響きます。

私もスープをすすりながら、
帰りのバスの時間を確認中です。

頂上から雲取山荘へと寄り道して、
雲取山荘から巻き道で小雲取山に戻って下山する予定なので。
余裕のある下山時間を考えると、
雲取山荘から4時間。

13時6分頃に雲取山荘を出れば、
17時6分のバスには余裕で間に合う計算です。

調子が良ければ3時間弱、
16時3分のバスもある。
頂上から雲取山荘まで20分、
食べ終わったらすぐ出発しなきゃです。
なんだかもう忙しいなあ、
着いたばっかなのになあ。
夏ならもうちょっとゆっくりできるけど、
今はもう3時過ぎると暗いからさ。

しょうがないなと立ち上がり、
長靴履き直して「お先で~す」と避難小屋を後にしたのが12時35分。
避難小屋のトイレを借りようと思ったら故障中、
我慢できないこともないから我慢我慢で雲取山荘目指して下山開始。

雲取山荘へと続く登山道はしっかり雪道でしたから、
履いてきたスパイクピン付き長靴で楽しく駆け下ります。
長靴って濡れる心配もないし、
ホント便利。
やっぱり雪道は楽しい、
また機会があればたっぷり雪のある時に雲取山に登ってみたいです。

20分程雪道を下ると、
素泊まり5000円の雲取山荘に到着。
なかなか立派な山荘です、
いつか泊まって雲取山をゆっくり散策したいな。

一旦下りて来た道を戻り、
分岐で小雲取山へと続く巻き道に入る。

こちらは完全な日陰道で、
更にたっぷり雪が残っています。

雪を見たり触ったりすると妙にテンションが上がるのは、
雪国生まれじゃないせいなのか。
スキップしなが駆け下りて、
30分弱で小雲取山に到着。
頂上へと続く最後の急勾配を見上げて、
今からもう1度登るのはもうムリだなとつぶやいてみる。

あとは下るだけだ、
とんとこ行くぜ。

てんでとんとこ下って行くと、
自転車に乗った登山客と遭遇。
すげえ、
自転車担いであの急勾配を登りますか。

うーん、
いろんな人がいます。
長靴で雲取山に登る私もいろんな人のひとりですが、
いろんな人がいるから世の中面白い。

とんとことんとこで、
ブナ坂を過ぎて七ツ石山(1757m)の先の鷹ノ巣山へと続く分岐に到着。
ここから鷹ノ巣山方向へと進み、
鷹ノ巣山を越えて石尾根縦走路で奥多摩駅を目指すことができます。

来春には、
雲取山~奥多摩駅の大縦走を達成したいなあ。
冬のシーズンも引き続き月1ペースの山登りを続ければ、
新緑の春にはすでにもう絶好調間違いなしだ。
5月にいきなり大縦走できるに違いない、
などなどと来春の大縦走に思いを馳せていると七ツ石小屋に到着です。

七ツ石小屋のトイレを借りようと思って、
同じ道で戻ったのですが。
ここのトイレは1回100円で、
おまけに超汚い。
その汚さに尿意も吹っ飛んで、
鴨沢のバス停まで我慢することにしました。

七ツ石小屋の入り口にぶら下げられた500円の記念バッヂ、
山を愛する人に泥棒はいませんからと。
お金はそこの缶に入れろとあるが、
流行の防犯カメラもないし。
売れたバッヂの数と、
缶に入れられたお金の帳尻はきっと合わないのだろう。
それとも500円の中にしっかり含み損が含まれていて、
損はしないようになっているのだろうか。

まあいいや、
別にバッヂなんぞ興味もないし。
問題はバスの時間と小便、
とっとと下りるっぺ。

七ツ石小屋へと続く急勾配、
登りもキツかったが。
大小の石がゴロゴロした足元で、
下りはもっとキツイぞ。

長靴は急勾配に不向きなのか、
足の親指に激痛が走る。
横向きで痛みを軽減して、
どうにかこうにか急勾配を下りたが。
親指が痛くて痛くて、
うまく歩けない。

痛い親指を丸めて、
爪が長靴内側とできるだけ接触しないようにしたら痛みが消えた。
よしこれだと、
親指を丸めたままとんとこ再開。

16時3分のバスに間に合うのか間に合わないのか、
とっても微妙なカンジ。
17時6分だと間に合い過ぎで、
最悪は16時10分くらいにバス停に到着するパターンだな。

17時6分に乗るつもりでゆっくり下ろうか、
いやいややっぱり16時3分だと葛藤しながら下り続け。
駐車場のある小袖乗越に到着したのが、
15時45分過ぎ。

駐車場では、
帰り支度して車に乗り込む2組の登山客たち。
車はいいなあ、
歩きはここからあと20分だぜぇ。

間一髪間で合わないパターンかもしれない、
諦めて丹波村をゆっくり散策してみるかな。

いやいや
もう日も暮れるし。
丹波村を1時間散策なんて、
とっても間がもたない。
ここは勝負、
走れ走るんだってんで。
20分の下りをすたこらさっさと駆け下りて、
なんとか3分前にバス停に到着。

結局薬局の登山時間は8時間15分でした、
バスの時間を気にせずにゆっくり下りたら9時間弱だったかな。

今回のコース、
地図上計算だと9時間20分。
いつもは地図上計算の8掛けなんだけど、
全然8掛けじゃなかったです。

腐っても雲取山、
長靴で登ったらアカンぜよ。

イワモケ

JR青梅線・奥多摩駅→バス→鴨沢BS→小袖乗越→堂所→七ツ石小屋→ブナ坂→奥多摩小屋→小雲取山(1937m)→雲取山(2017m)→雲取山荘→小雲取山→奥多摩小屋→ブナ坂→七ツ石小屋→堂所→小袖乗越→鴨沢BS→JR青梅線・奥多摩駅
距離=26.7km 最大標高差=1477m
[登山時間=約8時間15分]

2012-10-16

酉谷山から秩父鉄道を目指すも挫折

明日は風呂場にカビキラーを撒きたいから、
山にでも行ってちょうだいと嫁に言われましたので。
それではお言葉に甘えまして、
酉谷山(1718m)へ向かうことにします。
10月14日(日)の午前7時25分、
奥多摩駅発東日原行きバスに乗り込み。
終点の東日原に到着したのが、
7時55分。
バス停脇の急坂を30分程登ると、
ニホンザルの生息地らしい所に差し掛かる。

サルはいないかサルはと、
周囲を見回しながら歩くもサルには遭遇できなかった。

地図に記載された時間では一杯水避難所まで2時間30分、
覚悟して登り続けたが。
あっさり1時間30分で、
一杯水避難所に到着。

後半バテないようにと、
ゆっくりじっくり登ったつもりだが。
1時間30分で登れたのはおそらく、
地図の方が間違っているのでしょう。
先程、
私を後ろから追い抜いて行ったトレイルランな彼。
一杯水避難所前のベンチに腰を下ろし、
熱心に地図を見ていたが。
私が到着してベンチに荷物を下ろすと、
立ち上がって蕎麦粒山方向へ向かった。

蕎麦粒山(1472m)を抜けて、
桂谷ノ峰~日向沢ノ峰~曲ヶ谷北峰~川苔山(1363m)というのも1度歩いてみたいものだ。

頭に巻いた日本手拭と首に巻いたタオルをおニュウに取り替え、
さあ先を急ごう。

ここから天目山(1576m)へは、
2ルートあると地図に書かれているが。
1ルートしか見当たらず、
そのまま進んだ。

30分程歩くと天目山(三ツドッケ)こちらの道標があり、
頂上を目指すには一杯水避難所方向へ戻る形で登らなくてはいけないらしい。
仕方なく頂上へと続く脇道へ入り、
急坂を20分程登るとそこは天目山の大パノラマ。
しばらくひとり、
雄大な山容を眺めていたら急にお腹が空いて。
昼食とは別に、
予備で持ってきた蒸しパンを食べる。

ここはいい、
実にいいと。
天目山の大パノラマをひとり占めしていると、
私が登って来た登山道とは真逆の方向から肩で大きく息をしながらおじさんが現れた。

この道はどこからの道ですかと尋ねると、
一杯水避難所の真裏から入る道だと教えてくれた。

そうか、
もうひとつのルートは避難小屋の真裏にあったのかと納得していると。
早速で大変申し訳ないが、
シャターをお願いとカメラを手渡される。

はい撮ります、
123でパシャだ。

昔はこういうの、
かたくなに拒否して嫌ですと断っていたが。
もう断る方が大変面倒なので、
123でパシャだよ。

おじさんに続いてあと2人(男性)、
狭い頂上が混み合ってきたので本線に戻ることにする。

大栗山(1591m)と七跳山(1651m)の山頂がどこにあるのかも分からず、
いつの間にか酉谷避難小屋まで来てしまった。
滝谷ノ峰との分岐を山頂方向へ15分程進むと、
東日原から約4時間で酉谷山に到着。
東日原の標高が620mだから、
1098m登ったことになる。
記念に酉谷山からの山容を撮ろうとカメラを取り出したら、
首から下げていたカメラ用のストラップの紐がプツリと切れた。

これは何か不吉な暗示だろうか、
嫌な予感を抱えつつ。
誰もいない山頂でひとりお昼を食べるていると、
北側から吹く風が大変冷たくて軽い便意を催す。

誰もいないから平気、
その辺で野糞。
というワケにもいかず、
酉谷避難小屋まで戻ってトイレを借りることにする。

急ぎ足ではあるけれど、
下っ腹を刺激せずの早足でもって酉谷避難小屋へちびらず無事到着。
小屋のドアを開けると、
木の匂いがなんとも心地良い。
トイレは小屋を抜けた奥にあって、
和式だが清潔なステンレス製だった。

便を済ませて晴れやかな気分で小屋を出ると、
大きなリュックを背負ったおじさんが立っている。

昨夜は雲取山の避難小屋に泊まったが、
25人がとぐろを巻いて寝るという大変な混雑っぷりだったそうな。
奥多摩へは初めて来たが、
大変気に入ったので連泊して帰ろうと思う。
それで雲取山から滝谷ノ峰を抜けて、
ここまで来たと言う。

気に入ったから避難小屋で連泊か、
ある意味とても贅沢な大人の時間だな。

それではと、
雲取おじさんに別れを告げ。
もう1度、
酉谷山の山頂へ戻ったのが12時30分。
大血川峠を抜けて、
秩父鉄道の白久という駅まで行こうと思う。

ただ、
地図のルートは点線で一部不明瞭とある。
酉谷山山頂には大血川峠への道標はなく、
秩父登高会なる山岳会が付けてくれた黄色いリボンがあるのみだが。
その黄色いリボンや枝に巻かれたビニールテープを信じて、
どんどん下る。

目指す白久という駅は真北にあるワケだから、
目印のない箇所は磁石を頼りに北へ北へと向かえばなんとかなる。

そう思いながら北へ北へと下り続けること30分、
遂に目印のリボンもビニールテープも見当たらなくなってしまった。
戻るにしても下りて来た道はかなりの急坂、
あれをまた登るのかと思うとぞっとする。

よし、
北へ向かって進もう。
北へ向かえばきっとどこかで登山道と合流できる筈だと、
急な崖を駆け下りたのが大ミステーク。

思い返せばあれがターニングポイント、
目印を見失った所で引き返すべきでした。

でまあ、
結局そこからあと30分。
更に急坂を下り続けている途中、
方位磁石に水が入っていることに突然気づいた。

もしかしてこの磁石、
くるくるぱあだったのか。

このまま進めば遭難間違いなしだ、
下りて来たあの崖をよじ登って酉谷山まで戻るしかない。

磁石がくるくるぱあなので、
戻る方角がずれる可能は大いにあるが。
とにかくピーク、
ピークを目指して登り続けてみよう。

崖のような急坂と格闘すること1時間、
目印のビニールテープを遂に発見。

ああ助かった、
これで遭難は免れた。

そこから更に1時間、
必死に登って酉谷山の山頂に戻ることができた。
時刻は15時30分、
東日原からの終バスは18時55分発。
残り時間は3時間55分、
地図の記載時間は4時間15分。
これなら間に合う、
朝来た道をまるっきりの逆戻りなら迷う心配もない。

そうと決まれば、
酉谷避難小屋へもう1度立ち寄って。
頭に巻いた汗まみれの日本手拭と首に巻いたタオルをおニュウに取り替え、
小便して手を洗って下山するぞと。

避難小屋へ立ち寄ってみると、
あの雲取おじさんが山を見ながら美味そうにタバコを吸っていた。

今から下山しますと私が言うと、
なんだ泊まらないのかと寂しそうな雲取おじさん。

確かにこの避難小屋にひとりじゃ、
ちょっと心もとないな。

知らないおじさんと避難小屋で一夜を共にするって、
素敵なのか素敵じゃないのかよくわからないけど。

着替えも食料もないから帰ります、
お互い様でお気をつけて。
今朝の雲取山では見られなかった御来光、
見られるといいですね。

アディオス、
見知らぬ人よ。
奥多摩を気に入ってくれてありがとうで、
お名残惜しくお別れをして。

さてさて大急ぎ、
終バスに乗り遅れたら奥多摩駅まで歩かなきゃだぞ。

てんでこう、
トレイルランよろしくたったかたったか駆け下りて。
1時間30分で一杯水避難小屋に到着、
分からなかった天目山(三ツドッケ)の登山口を確認して。
辺りはもうすぐ真っ暗になりそうだから、
避難小屋でヘッドライトを装着して再出発。
ヘッドライトで登ったことはあるけど、
下るのは初体験です。

やっぱり下りの方がつらいです、
足元がおぼつきません。

途中、
崖を駆け下りる鹿と遭遇したけど。
熊じゃなくて良かったです、
熊じゃなくて。

怖い怖い、
このヘッドライトの電池が切れたらどうなるんだろう。
予備の電池とか持ってないし、
考えれば考えるだけ怖くなる真っ暗闇の山ん中っす。

まだかまだかで、
暗がりを転がるように下りて18時10分。
無事、
東日原のバス停に到着したが。
ちょっと急ぎ過ぎたようです、
終バスまで45分もあります。

当然ながら、
バス停には誰もいない。

バスは本当に来るのだろうか、
バスが来なかったらどうしよう。
電話番号とか書いてないし、
心配だなあと45分待っていたら来ました終バス。

暖房であったかな車内、
やれやれと椅子に座って一安心。

450円でタクシー代わりに使って大変に申し訳ないが、
この終バスがあってホント命拾いした。

このバスがなかったら、
どうなっていたんだろう。

おそらく一杯水避難所から蕎麦粒山を抜けて、
桂谷ノ峰~日向沢ノ峰~曲ヶ谷北峰から青梅線の鳩の巣駅へ下るしかなかっただろう。

計算すると、
一杯水避難所から5時間10分。
鳩の巣駅到着予定時刻は22時10分頃、
ということになるなあ。

結局薬局の登山時間は14時間10分か、
これはかなりキツかっただろうなあ。

カメラのストラップの紐が切れるとか、
急に便意を催すとか。
考えてみけば、
何度も警告が発せられていたワケだ。

神様ってやっぱいるんだなあと、
しみじみ痛感する寒露を過ぎたある秋の日曜日でした。

迷ったら すぐ引き返せ 山の人

イワモケ

[登山時間=約10時間10分]